老人介護問題についてさ、いろいろ調べたよ。
介護地獄。
介護鬱。
共倒れ。
何かさ、あんまり幸せになれない感じだよね。
介護する方もされる方もさ。
今の日本の価値観がさ、長く生きる事が至上になっているでしょ。
医療はどんどん進歩して、そして長く生きる事にフォーカスしてね。
けど幸せに生きるってことからは少しベクトルがずれてしまっていると思うんだよね。
何か介護って聞くとさ、お先真っ暗っていうイメージがあるじゃない。
昨日書いたけどさ、江戸時代はどうしていたのかって読んで見たけど、
やっぱり大変だったみたいだね。
けださ、寝たきりになると1年程度でなくなってしまうようで、今のように10年以上寝たきりっていうのは、あまりなかったようだね。
だから、今のように終わりのない介護、先の見えない介護にはならなかったんだよね。
だって1年ってあっと言う間だよ。
2023年だってさ、もう一ヵ月が過ぎてしまうからさ、気が付いたら1年なんて本当に短い時間でさ、そう考えると逆にその1年が愛おしくなるから不思議だよね。
んでね。世界の介護事情を調べたらさ、フィンランドが合理的そうだね。
まず、老人の自立を促すのが前提でさ、医療というよりは、生活補助サービスがメインなんだよね。
人は必ず死ぬじゃん。
だからさ、そこに無理に逆らわずさ、自然に任せているんだよね。
国の体力的にもそうせざるを得ないのかもしれないけどさ。
人は必ず死ぬんだよね。
けど、生きたいんだよ。俺も生きたいんだよ。どうしてもさ。
けど、どうしようもなければ、受け入れるしかないんだよね。
その、どうしようもないラインがさ、何処かっていう事が問題なんだよ。
体中管に繋がれれば生きながらえるとしたら、そっちを選ぶかもしれないし、けど、俺はさ尊厳死が良いと思っているから、生きながらえる為だけに生きるのは違うのかなって思ったり。
この辺りの葛藤をして、苦悩して、それぞれの個人が決めたラインが、どうしようもないラインだと思うんだけどさ、
そこには、前提条件が付くんだろうね。
国の状態、社会の状態だろうね。
途上国ではさ、前者の選択は出来ないだろうし、フィンランドでもできない。
すなわち、今置かれている自分の状況という前提条件が付いたうえで、選択するしかないんだよ。
だとするとさ、今の国の置かれている状況を正しく理解したうえで、その中で「どうしようもないライン」のさ、選択幅が設定されると思うんだよ。
いやぁ難しいね。
倫理道徳的な選択幅、社会経済的な選択幅、個人の選択幅
これらの公約数が選択可能な幅になってさ、その範囲で決める事になる。
だからさ、個人の自由とはならないんだよ。本質的には。
このラインが決まればさ、もしくは創造する事でさ、日本の介護問題を解決できないかな?

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